朝、起きると小雨が降っています。
準備を済ませ、フロントに降りていくと、顔馴染みのスタッフがフロントに座っていました。
「昨夜はごめんよ、彼は初めての仕事の日で何にも解っていなかったんだよ。」
「気にしてないよ。また、次回は頼むよ。」
と会話を交わし、ホテルを後にしました。
小雨の中、駅まで速足で歩きます。
地下鉄の改札を越え、ホームに向かう階段の途中で電車が発車する音が聞こえてきます。
乗り過ごしたなぁ。と思いながら、
ホームに着くと、何だか雰囲気が変わっています。
「んー、ホームドアが設置されている。確か、前回9月に来た時にはなかったはず。」
天井まで伸びたその柵はガラス張りで完全にホームと線路の間を遮断しています。
日本で目にするホーム柵とは全く異なるスタイルです。
パリの地下鉄は治安が悪いことで有名です。
確かに、低い柵では越えてしまう人がいるかもしれないなどとも想像してみたのですが、こうした天井まで覆う柵とは意外なのものでした。
まだ作ったばかりなのでしょう。
柵が設置されたホームには工事の跡が残っています。
私の住む私鉄沿線では事故が頻繁で、電車の遅延が「またかぁ~」という程によく起きます。
こんな立派な柵とはいいませんが、せめて可動式のロープぐらいは各駅に配置してほしいと、きっと沿線の人々は皆考えていると思います。
そうしたことを考えながらクルニアンクールに向かいます。
駅を出ると、雨は強くなっていました。
カバンから折り畳み傘を出し、マーケットに向かいます。
アポイントしていた時間に店に向かうといつも通り、まだ来ていません。
電話をかけると、
「まだ家なのよ。明日じゃなかったけ?」
との返答が。
まぁ、いつものことだと仕方ないと、諦め、
一時間後に待ち合わせをしました。
もう一軒のアポイント取ってあった店にも向かうと、
なんとここは
ダブルブッキング!
頼むよー。と思いながら。
仕方なく他の店を回りました。
パリはイギリスとはまた異なった筋の品々が並びます。
サインドピースなど、ブランドジュエリーのヴィンテージ作品なども出会う機会があります。
現在、国立新美術館にてカルティエ展も開催されています。
昨年はショーメ展、一昨年にはヴァンクリーフ&アーペル展なども開かれ、日本のマーケットでもそうした名門ジュエラーのアンティークからヴィンテージの作品の注目度が上がっています。
今回は残念ながらいい出会いはありませんでしたが、ロンドンではティファニーの逸品は仕入れることはできました。
その後、待ち合わせの時間になったので先ほどの店に戻ります。
店に着いたのですが、まだ来ていないようです。
雨足も次第に強くなってきました。
ここまで雨が降ってくると他のお店を回る気力も低下してきます。
近くの店を見て回ったのですが、ジュエリーでは良き出会いがなかなかありません。
店舗の軒先で雨を凌ぎながら仕方なく待ちます。
30分ほど待っても現れないので、また、他の店を回ります。
そうした中、ふっと立ち寄ったお店でラリックの珍しいペンダントが目に入りました。
ラリックのガラス製のペンダントは1920年から作成されたものが多いのですが、通常、木の実や花をモチーフとしています。
そのペンダントには二匹の鳥と花が表現されています。
おおおおお、これは珍しい。
値段を聞くとやはり通常の植物模様よりも倍くらいの値段がします。
フランス語と英語を混ぜ、交渉します。
15%ほど安くしてくれたのもあり、このペンダントを購入。
その後、約束していた店に戻ると丁度店主が到着したところでした。
「ごめん、ごめん、雨で道が混んでいて・・・」
「寒かったよーーー」と返し、付けてくれたばかりの電気ストーブの前で濡れた靴を乾かします。
久しぶりに爪先に血が通わぬほどに冷え切りました。
それでも、前回頼んでおいた作品を集めといてくれたことに感謝です。
イギリスのEUからの脱退が現実化する中、こうして気軽にパリを訪れることも減るかもしれません。
そうしたことから、今回はいつもよりも多くラリックの花器や鉢を仕入れることに。
持ってきたスーツケースは買ったばかりのラリックでいっぱいになりました。
その他、ラリックの香水瓶やブローチ、ペンダントも入手でき、待った甲斐がありました。
次に先ほどのダブルブッキングの店に向かったところ、やっとスペイン人のディーラーが交渉を終え、立ち去るところでした。
すでに刈り取られた跡といったようで、なかなか良い品は並んでいません。
参りました...
何か一つは買っていこうと探すのですが、なかなか見つかりません。
困った。と悩んでいたところ、引き出しからブローチを出してきました。
なんだ、早く出してよ。と思いながら、も見せてもらいます。
まだ、買ったばかりだそうで、帳簿を見ながら値段を伝えてきました。
店主も私が何か一つは付き合おうとしている気持ちがわかるらしく、割安で譲ってくれました。
今回はこの店からはあまり仕入れることができませんでしたが、次回訪れる約束をし、握手を交わし店を後にしました。
先ほど降っていた雨も弱くなり、所々青空も顔を見せてくれています。
仕事もひと段落したので、いつも通り、馴染みのレストランで昼食をとろうとドアを開けると、満席。
席を見ると皆まだ席に座ったばかりのようで食事は提供されていません。
ああ、これではユーロスターには間に合うか微妙だ。
14時を過ぎていましたが、仕方なく先に北駅に向かいます。
北駅構内に店が見つからず、あまり時間もないので駅前の空いている店に入ったのが誤りでした。
予想よりも遥かに不味いお昼ご飯・・・・・
パリで食事を外したことはこれまで記憶にありません。
北駅を訪れる方はご注意を!
レストランを出ると、雨雲は去り、青空が広がってきました。
寒さと雨で体力を使いました。
ユーロスターに乗車ししばらくすると、飲み物のサービスが始まりました。
疲れもあり、出されたリンゴジュースを一気に飲み干し、
「あっーーー」っと
つい息と共に声が出てしまうと、
隣の席の女性がこちらを向き、笑顔であっーと声を出しました。
「喉乾いていたのね」
と話しかけられ、
少し恥ずかしくなりました。
そういえば、祖父も父も娘も私と同じように飲み干した後に同じ声を出していたと
思い出しました。
尚、電車の中で提供されたサーモンの方がはるかに先ほどの昼食よりも美味しかったです。
キングスクロス駅に着くと、9メートルもの高さがある男女が抱き合う巨大な銅像が迎えてくれます。
その先にはピンクのネオンで
「I want my time with you」
と輝く文字が目に飛び込んできます。
文字通りの意味もありますが、
これは現代芸術家のトレイシー・エミン氏の製作したもので、ブレグジットが迫る中、EUから訪れる人たちへ向けてのメッセージだそうです。
そうこの場所がこれから高い国境の壁とならないことを願います。
2020年5月31日
2020年6月1日